窓を開ければ、少しだけ湿り気を帯びた潮の香りが鼻をくすぐる。海へと向かう海岸線、あるいは夕陽に染まる砂浜で、そっと耳を傾けたくなる音楽がある。
リリースされたのは2023年の初夏。あれから季節は何度か巡ったけれど、私たちのプレイリストの中で静かに、そして確実に輝き続けているタイムレスな名曲。ジャズ・ギタリストであり、一人のサーファーとして世界の海を渡り歩く小沼ようすけが奏でる「Nostargia」に、あらためて針を落としてみたい。
確かなバックボーンと、海を愛する自由な魂
14歳で初めてギターを手にし、その奥深い響きに魅了された少年。やがて1999年のギブソンジャズギターコンペティションで見事優勝を飾り、2001年にはSONY MUSICからメジャーデビューを果たす。そこからの10年間、日本のジャズシーンの第一線で華々しいキャリアを築き上げてきた彼だが、その音楽の根底にはいつも、海を愛する自由な魂が息づいている。
ジャズという枠にとらわれず、ひとりのサーファーとして世界中の波を追い求める。海辺での暮らしからインスピレーションを受け、いつしかピックを手放し、指先で直接弦を弾く「フィンガーピッキング」という独自のスタイルへとたどり着いた。そんな彼のライフスタイルそのものが、指先からこぼれ落ちる音に、潮風の匂いや波のうねりを与えている。確かなテクニックに裏打ちされながらも、決して窮屈にならない軽やかさ。それが、小沼ようすけの奏でる音楽が私たちを惹きつけてやまない理由だ。
波間に響く、ふたつのギターの心地よい対話
波待ちをしているときの、あの凪いだ時間。そんな静寂と調和を見事に音で表現したのが、この「Nostargia」という楽曲。
彼自身の活動のベースでもある湘南の海。その穏やかな水面や、肌を撫でる優しい風をそのまま閉じ込めたような極上のアコースティック・チル・サウンドが広がっていく。元々はFMヨコハマの朝の人気番組「SHONAN by the Sea」のジングルのために提供されていた短いフレーズが、リスナーや海を愛する人々の熱を帯びて、ひとつの作品として生まれ変わった。
耳の奥で心地よく共鳴するのは、アコースティックギターの柔らかな響きと、エレクトリックギターの浮遊感のあるメロディ。その絶妙なコントラストと重なり合いは、打ち寄せては返す波のように、いつまでも永遠に続いてほしいと思わせる魔法にかかっている。
「Nostargia」配信情報

- アーティスト:小沼ようすけ
- リリース日:2023年5月31日
- 形態:デジタル配信
潮騒のように形を変え、進化し続ける音色
彼の音楽の旅は、とどまることを知らない。2023年には、自身のキャリア初となるソロギターアルバム『Your Smile』をリリースし、ギター1本で表現できる限界と美しさを提示してくれた。
さらに時を進めた2026年。2月には最新シングル「In Harmony with the Flow」をリリースしている。タイトルが示す通り、まさに波の流れ(Flow)と調和するような、より洗練された心地よいグルーヴ。マイケル・ジャクソンの名曲「Human Nature」のアコースティックカバーなど近年の作品群からも、海と音楽への尽きない探求心がひしひしと伝わってくる。いつ聴いても新しく、そしてどこか懐かしい。彼の音楽は、海そのもののように形を変えながら静かに進化を続けている。
湘南ローカルに愛され続ける名盤の記憶
この「Nostargia」が収録されているのは、サーフミュージックのナンバーワンブランド「HONEY meets ISLAND CAFE」と「SHONAN by the Sea」が奇跡のコラボレーションを果たしたコンピレーションアルバム『Sea of Love 8』。

湘南のカルチャー、そこに集う人々、そして海辺のライフスタイルを愛するすべての人に向けて編まれたこのアルバムは、全17組のアーティストが参加し、全曲が新たなレコーディングで制作されたという贅沢な一枚。
リリースから数年が経った今でも、海沿いのカフェやサーフショップ、そしてローカルたちの車の中で、まるでずっとそこにあったかのように自然に流れている。
参加アーティスト(全17組) bird / Lisa Halim / 東田トモヒロ / ChiyoTia / 小沼ようすけ / Baby Kiy / 笠原瑠斗 / 流線形&児玉奈央 / Tokimeki Records feat. ひかり / 田中裕梨 / Roomies / XinU / Futures / Slowly feat. 大比良瑞希 / DJ Mitsu the Beats / RiE MORRiS / Taishilou
夕暮れの海辺。オレンジ色から深い群青へと空のグラデーションが変わっていく時間帯に、このギターの旋律は痛いほど優しく溶け込んでいく。足元をさらう波の音と、指先から生まれるメロディが重なる瞬間、私たちはいつでもあの夏の湘南へと引き戻される。今度の週末は、お気に入りのコーヒーをタンブラーに入れて、海辺でゆっくりとこの音に身を委ねてみたい。きっと、いつもより少しだけ穏やかな海風が、心の強張りをほどいてくれるはずだから。

出典:https://guitarmagazine.jp/interview/2023-1109-yosuke-onuma/